ノーマルカップリングが好きです。でもこの呼び方は好きじゃありません。

今更な話題なのですが、創作界における男女のカップリングをノマカプ・NLと呼ぶのは差別的であるという論争について自分なりの思いの丈をここでぶちまけてみたいと思います。
(※NLの読み方は諸説ありますがこの記事では”ノーマルラブ”と読むことを前提に書いています)

【私のスペック】

  •  男女CPが好き(GL・BLも好きです)
  •  LGBTのB、つまりバイセクシャル。性別は女性です。
  •  現在30歳で、2001年頃から二次創作に触れてきたのでノマカプ迫害の歴史や肩身の狭さもちょっとわかる。

わかるかな、この地獄みが。()

(90年代以前の方が男女CPへの風当たりはキツかったのだろうと推測しますが、00年代前半も今と比べりゃ中々酷かったです…ということでご容赦を。)

≪好んで使用する人たちに悪気は無い≫

私も昔こそは男女CPのことを『ノマカプ』『NL』と呼んでいました。
なんなら中高生の頃(2003年くらい)にやっていた二次創作サイトのプロフィール欄には『ホモレズノーマルなんでも好きです★』なんて書いていて、見事に差別用語のオンパレードでしたからねww自分でやっていたことなのにめまいがするわwww
それらが差別的な表現だと思っていなかったから平然と書いていました。そもそも『NL』『ノマカプ』って呼んでる人達はそれが差別的な表現だとは思っていないはずです。だってそれが差別的で誰かを傷付ける言葉だと本当に自覚したら、その呼び方を使うことをためらってしまうだろうから!
セクシャルマイノリティに限らずですが、差別というのは無自覚・無理解から生まれるものだと思います。 

≪LGBTである自分語りをします≫


私は今でこそバイセクシャルと自認していますが、19歳まで自分のことをヘテロセクシャル異性愛者)だと思い込んでいました。本当は子どもの頃からバイセクシャルだったのだろうけど(思い当たることが多々あります)、同性に薄っすらと恋をする気持ちが認められなくて、その反動なのかホモフォビア(同性愛者嫌悪)な考え方も順調に芽生えてゆきました。そうやって一生懸命否定したけれど、ある時どうしようもなく好きな女性ができてしまい「あ、私は女性が好きなんだ。」っていよいよ認めるしかなくなりました。それはもう、物凄ーーーい罪悪感と嫌悪感におそわれました。自分がずっと否定してたこと、気持ち悪いと思っていたことを真正面から認めなくちゃいけなかったからです。私は10代の頃、現実の同性愛者のことをキモチワルイって思っていました。差別はいけないと思いながらも生理的に受け入れられなかったんです。

ちなみにその当時(19歳時)は男性に全く興味が持てず自分のことをレズビアンだと思っていて「この世界に私(同性愛者)の居場所なんて無い…死にたい……」ってよく考えていました。自分を受け入れられなくてマジで死にたかった。あ、“死にたい”っていうよりは“ここでは生きていけない”って表現した方が正しいかも。それくらい世の理からはぐれてしまった気持ちだったんです…。(当時の思いをそのまま書くとどうも中二っぽい表現になりがちです、若かったのです)
好きな女性はいたけれど単なる私の片思いだったからその子と一緒になれる気はしなかったし、男性と恋愛する自分は想像できなかった。急に自分の未来が何もイメージできなくなってお先真っ暗って感じ。いくらなんでも絶望し過ぎだろーって思うけれど、それだけ当時の私の中の世界が物凄く狭くて偏見まみれだったのだと思う。

湧き上がる自己嫌悪や「生きていけない」という気持ちをどうにかするためにはセクシャルマイノリティである自分を肯定しなければならなず、私はセクシャルマイノリティに関する基本的なことをネットで調べてました。ざっくりまとめると『同性愛は珍しいけれど異常ではことではないこと』『LGBTにあたる人は7.5%、AB型や左利きと同じくらいの割合で存在すること(※数値は諸説あります)』『国によっては日本よりもかなり理解や制度が進んでいること』などを知りました。 (興味がある人は“LGBT”って検索してみて下さい)

最初はネットでただ文字を読むだけでしたがそのうち段々と行動レベルが変わり、性的少数者の女性のオフ会に参加してみたり、同・両性愛者の女性専用のSNSに登録してみたりしました。ひょんなことから長年のネット友達がバイセクシャルなことを知って、こんな身近なところにもいたんだ~!って凄く心強く思いました。今でも良いお友達です~~~。

 

≪自己肯定できるようになったら“ノーマル”って言葉が凶器に感じた≫

 

そうしたプロセスを数年間こなすことにより、十分なカミングアウトこそ出来ていませんが、『ヘテロセクシャルではないバイセクシャルな自分』をわりと肯定できるようになりました。

 するとあら不思議。10代の頃にあれだけ親しんで使っていた“ノマカプ”という文字が凄くモヤモヤした存在に見えてきました。『ヘテロでなくてもおかしくない!異常じゃない!』って一生懸命に自分へ言い聞かせている身としては異性愛カップリングを“ノーマルカップリング”や“NL”と表記することは、あまりにも、あまりにも破壊力があったのです。ぶっちゃけ凶器です。
いつの間にか私はこの言葉を使えなくなってしまいました。今は男女CPとかヘテロCPって感じに表記してます。

 

異性愛=ノーマル 本当にそれでいいの?≫

 

そしてここ2年くらいは「ノマカプって呼び方は差別的な表現にあたるから別の呼び方にしよう!」って声がチラホラ聞こえるようになって「おおおお???嬉しいぞ???」って思ってます。

ただそれと同時に「NL呼称に文句を言うのは男女CPが嫌いな腐女子のやっかみ」とか「関係ないんだからNL好きからこの表記を奪わないでくれ」みたいな声もあるじゃないですか。(まあ実際に男女CPサイトへ『差別だから止めろ!』というメール攻撃が大量にあったり、Twitterなどあちこちで学級会が開かれてるので、多分ものすごい嫌な思いをしたのでしょうが)

 

anond.hatelabo.jp

nl.hatenadiary.jp

ただこれらの記事を読んでいると、『NL好き側には不都合が無いんだから関わらないで』って空気を強く感じてしまい、私としては『男女CPが好きなLGBTだから嫌でもこの表記が目に入って勝手に傷付いてしまうのでめちゃくちゃ不都合を感じます』と思うのです。

 

たかがフィクション創作の単語に噛み付くなよ~って感じる人もいるかもしれないけど、インターネット上でこれだけ大きな単語になってるのだから「嫌なら見るな関わるな」はちょっと無理な話です。

そもそも私達が普段生活する日本社会はあまりにも異性愛主義が強すぎて、まるで異性愛者以外は存在しないみたいな様子ですよね。社会システム・教育・人々の意識、どれを取っても不十分に感じます。
そんな中でフィクションの異性愛を“ノーマル”と表現されてしまうと…現実世界の異性愛主義がますます強調されてしまいます。

 
ここで、一つ記事を紹介します。ノーマルという言葉が持つ強さと不均衡さをとてもわかりやすく書いていらっしゃいます!


≪一部引用・全文はリンク先をごらん下さい≫

ノーマルの反対がアブノーマルだからダメなんじゃありません、ノーマルという言葉の時点でそもそもダメなんです。ノーマルという言葉は、少々、強すぎるんです。

 

普通(ノーマル)とみなしたものに価値をあたえ、普通ではない(アブノーマル)とみなしたものから価値を奪うはたらきがある。強い、強すぎる。偏りがありすぎる。たかが恋愛フィクションの一ジャンル名として冠するには、あまりに強い言葉です。

privatter.net

 

 

長々とした文章でしたがここまで読んで下さってありがとうございます。

最後に自分の魚拓を貼ります。高校生の頃に作ったとある男女CPの質問配布サイトなのですが、質問8と質問10が我ながら酷いと思ったのです。(2005年頃に作ったものです)

 

8*基本的にノーマルカップリング派ですか?
9*ユリかご以外に好きなカップリングはありますか?
10*アブノーマルはお好きですか?

ユリかご好きに33の質問*新装版

 

 めっちゃノーマルとかアブノーマルとか言ってるーーーーーー!!!!(笑)

この『アブノーマルはお好きですか?』は多分『BL・GLはお好きですか?』ってニュアンスで聞いています……。もっと他に言い様がなかったのか……。

 

今度こそ終わり!!!!!